「UX戦略フォーラム 2017 Fall」イベントレポート

ソシオメディア
2017年10月23日
明るくオープンな会場のもよう

2017年10月1日、ユーザーエクスペリエンス(UX)のコンサルティングを行うソシオメディアは、「UX戦略フォーラム 2017 Fall」を開催しました。今回のテーマは「世界のメソドロジストによるエクスペリエンスアプローチ」。国内外から深い知見をもつ合計7名のスピーカーが登壇し、デザインメソッドや最新事例、深い知見を様々な立場で披露しました。世界6都市でおこなうUXカンファレンスのワールドツアー、World Usability Congress「UX World Tour 2017」との共同開催としておこなわれました。

「働き方変革におけるシーンメイキングによる共感醸成」平山信彦氏

内田洋行 平山信彦氏による講演の様子

内田洋行にて知的生産性研究所所長を務める平山氏によるセッションは、人間にとって根源的な活動の一つであり、経験の連続からなる「働くこと」が主題。経営者視点ではなく従業員の観点から、「どういう働き方をしたいか」「ハピネスはどこにあるか」「どんなシーンができたら嬉しいか」をとらえて働き方改革につなげる“シーンメイキング手法”を提唱しました。

ここでのポイントは、働く人々に関する様々なシーンをきめ細かくブレイクダウンすると同時に、ストーリーに沿った分析をおこなうこと。それにより、あるべき姿と現実のギャップが明確になり、ひいては働き手の意識改革につながると言います。同社では、このやり方を適用することで300以上の課題解決施策の発見に至ったとのことでした。

「プロレタリアデザイン」上野 学

ソシオメディア 取締役 上野学による講演の様子

ソシオメディア取締役の上野は、人工物のデザインの本質的なあり方やデザイナーの役割について、「プロレタリアデザイン」というキーワードを用いて解説しました。上野はまず、デザインの価値がシステム所有者による「管理者視点での経済効果」によってのみ方向づけられてしまうことに対する懸念を訴えます。

デザインの現場ではビジネスオーナーやユーザーの要求に従って即物的に製品の形が決定されますが、デザイナーの倫理はそれらの現代的高度消費システムを相対化する試みの中に見出されるべきであるとして、デザインにまつわる意味論的転回や構文論的転回について解説。アートとして現れる先人のヒューマニティを継承し、解放のための技法であるモードレスデザインを実践することが、人と道具の相互発展を促すデザイナーの仕事であると提案しました。

講演の内容はブログ記事「プロレタリアデザイン」でお読みいただけます。

「人類の進化とユーザーエクスペリエンス」クワン・ミン・リー氏

サムスン電子社 元UXグループ VP クワン・ミン・リー氏による講演の様子

リー氏は、サムスン電子社でUX部門を立ち上げてバイスプレジデントを務めた後、現在は南洋理大学教授としてインタラクションリサーチ分野の研究に従事しています。講演でもその経歴どおり、学術分野とビジネス分野の双方からの知見を述べました。

リー氏によれば、UXを理解するために必要なことは、(1)「人間が何にどのように反応してきたか」にフォーカスし、動物としての人間の進化を理解すること、(2)ユーザーを理解することに役立つセンサー技術を知ること、(3)テクノロジーの意図を正しく表現すること、(4)ソーシャルインターフェースの4点。例えば、人間の脳が(危険を察知するための本能として)垂直方向の視野よりも水平方向の視野角に敏感である点などに言及しながら、その原則を最新技術と組み合わせてデザインする事例を提示しました。サムスン電子で氏が手掛けたテレビ画面やリモコンなどのプロダクトの解説では、会場からも共感の声が多く聞かれました。

パネルディスカッション「アジアにおけるUXの機運」

パネルディスカッション「アジアにおけるUXの機運」の様子

パネルディスカッションでは、クワン・ミン・リー氏とヨハネス・ロビアー氏、ソシオメディアの篠原稔和代表が登壇。アジア各国におけるUX関連ビジネスやマーケットの動向について、それぞれの知見に基づく見解を交換しました。

UX関連カンファレンスを各国で展開中のロビアー氏は、中国でのイベントに際してEC事業大手「アリババ」を訪問した経験を紹介。社内でUXが「未来のカギ」となるトピックとして扱われており、実際に1,000名以上のUXデザイナーからなる専任部門がある状況を伝えました。

また、リー氏は、アジアのデザインスクールにてエンジニアリングスキルを重視している事例に言及。そこではいわゆる「審美性」よりもアルゴリズムを用いた研究が積極展開されており、リー氏自身が提唱する「人間の進化について深く知るためには、工学的なアプローチをとる必要がある」との持論にも合致すると解説しました。一方、民間企業においてはUX部門に関わるスタッフの「階級をなくす」ことの重要性を説明。自身が活動した韓国のサムソン電子をはじめ、アジアでは肩書を排除することに苦労する場合も多いが、できるだけフラットな組織を構成し、若いクリエイターが発言しやすい土壌を用意することが重要であると語りました。

「“NASA product of the year”を受賞する製品をデザインする方法と私達が学んだこと」ヨハネス・ロビアー氏

Youspi社 ヨハネス・ロビアー氏による講演の様子

ロビアー氏はインフォメーションデザイン分野での業務経験のほか、シーメンスにてユーザビリティ・ユーザークスペリエンス部門のアナリストに従事した経緯をもつ人物です。今回の講演では、自身が手掛けたあるソフトウェアのデザインプロセスを引用しながら、そこで採用したスキルセットを紹介しました。

ここでの開発対象は、膨大な量のデータを記録して可視化する計測するアプリケーションです。航空宇宙やエネルギー分野に関連するこの製品では、高精度でありながらシンプルであること、遠くから見ても分かること、効果を証明しやすいこと、といった複数の要件が存在したのが特徴。同時に、発注者より「人間・ビジネス・テクノロジーの3つの側面でイノベーションを実現すること」といった難題も与えられていたと言います。同氏はこの製品デザインにあたり、まず「カセットレコーダー」のメンタルモデルを採用。さらに「一貫性の確保」「長期的に活用できるパターンの活用」「開発チームとデザインチームの協働」といった点を重視して開発を進め、納得のゆく製品に至ったとしました。

「UXの間違いは人を殺してしまう!」クラウス・ホファー氏

CAT-i クラウス・ホファー氏による講演の様子

ホファー氏は、医療従事者として人命にかかわるヒューマンエラーに遭遇した自身の経験をきっかけに、人間の認知プロセス研究を開始。ユーザビリティエンジニアリングと安全性の関係性に着目し、心理学や言語学、航空工学など複数の分野にわたって「なぜ人は間違いを犯すのか」という根本的なテーマに対峙してきたと言います。

今回の講演でホファー氏は、「エラーを分析してなくすことができるのであれば、自動的に(事前に)エラーを排除できるはず。それによって職場の安全性を向上できる」との見解を強調。同時に、文書情報を正しく提示することにより、ユーザーの安全を担保できると語りました。具体的なテクニックとしては、注意書きを長文で提示するのではなく「注意」と書かれた部分のみを見ればよいように工夫するなど、情報の表現や文言の見せ方などにもエラー回避の秘訣があることを解説。実際に作成した質問カタログの構成なども引用しながら、「安全であるための情報デザイン」の在り方を語りました。

「ストーリーを通してエクスペリエンスをデザインする」ジョー・ランジセロ氏

ウォルト・ディズニー・イマジニアリング 元クリエイティブVP ジョー・ランジセロ氏による講演の様子

30年以上にもわたってウォルト・ディズニーグループでクリエイティブ担当役員等の要職を務めてきたジョー・ランジセロ氏は、その経験に基づき、テーマパークのデザインをテーマに講演を展開しました。同社に根付く概念でもある「ストーリーをエクスペリエンスに活かす」ことの重要さを説きました。

「ここで述べる“ストーリー”には、言葉で語ることができるストーリーと、直接的に語ることはない、言外の(サブテキストとしての)ストーリーの2種類がある」とランジセロ氏。オーディエンスは常に「家族」であるというディズニーでの事業において、どのようなストーリーでパークやキャラクターを表現するか、直接・間接のいずれのアプローチをとるか、どれくらい深く見せるか、といった点を検討すると言います。例えば、「あらゆる笑顔の裏にある涙」「人生に介在するさまざまな局面と感情」など、人間が持つ基本的な感情を十分に研究することによって、ディズニーならではのエクスペリエンス創出につながることを解説しました。

「なぜアートがUXに重要なのか」モニカ・ガーバー・ランジセロ氏

ウォルト・ディズニー デザイナー モニカ・ランジセロ氏による講演の様子

ジョー・ランジセロ氏と同じくウォルト・ディズニーグループにて長くテーマパークの内装やカラーデザインをおこなってきたモニカ・ランジセロ氏の講演は、「アートの手法がUXにもたらす効果」がテーマ。

世界中を巡って自身で撮影した魅力的な写真や人工的なペイント事例を多数引用しながら、そこで得たインスピレーションを説明。「テクスチャー」「レイヤー」「エイジング」「パターン」といった表現要素をいかにディズニーのデザインで活用したかを軽快なトークでつづりました。

「本日の講演で学んだスキルカタログ」クラウス・ホファー氏

最後のセッションは、当日のフォーラム全体を通じて学んだことを「スキルカタログ」として議論する時間になりました。クラウス・ホファー氏のモデレ―ションにより、セッションごとの振り返りをおこない、そこで提示されたスキル集としてまとめた。

その後進行された来場者と登壇者の Q&A セッションでは、ジョー・ランジセロ氏が、講演で取り上げた「ストーリーやサブテキスト」を生み出すきっかけについての問いに回答。「単独のリサーチなどをもとにするのではなく、これまでの経験やビッグデータ、フォーカスグループなどを組み合わせて直感的に判断する」と解説しました。また、「アイデアそのものの創出は、フォーカスグループなどの結果を基にするのではなくデザイナーが行うべき」とのアドバイスも提示しました。

社内の会議でファシリテーターを行う場合のテクニックに関する質問では、内田洋行の平山氏が「ファシリテーションにもっとも必要なのは“笑顔”。意見が出やすいムードづくりが重要」と説明。ときにアイスブレーキング役も担って、その場の雰囲気を解きほぐし、効果的な会議に導く必要があると述べました。

一方、AI(人工知能)、IoT、音声認識デバイスが普及した後の UX/UI の在り方についての質問には、ヨハネス・ロビアー氏が、アマゾンが開発した音声アシスタントデバイス「Alexa」の存在に触れ、「音声インターフェースが最も重要になってくるだろう」と提言。そもそもインターフェースは存在しないのがベストであり、人間とシステムが音声で普通にやりとりする時代の到来を占いました。

会場からの声をもとにQ&Aセッションが進行された

講演の後には懇親パーティが開かれました。

和やかな雰囲気の中、スピーカー達と参加者との間で活発な意見交換が行われ、今回のイベントの幕が閉じられました。