米GEのUX組織がパフォーマンスする環境

篠原 稔和
2016年4月21日

ソシオメディア UX戦略フォーラム 2016 Spring」のキーノートスピーカーとして登壇する、米GE(ゼネラル・エレクトリック)社・CXO(最高エクスペリエンス責任者)のグレッグ・ペトロフ氏。同氏とそのUX組織がどのような環境下で、どのような役割を果たしてきているのか、その活動から学ぶべきポイントは何なのかについて、2回に分けてご紹介していきます。

GEにおける「CXO」としてのペトロフ氏の役割

ペトロフ氏の顔写真ペトロフ氏は、2011年に米GE社に入社し、UXに関するジェネラル・マネジャーとしての活動を開始しました。その直前までは、独SAP社のプロダクト担当役員として、製品開発からデザイン戦略までを担当していました。そこでは、米 IDEO とともにデザイン思考のワークショップなども独米の2拠点で頻繁に開催していたそうです。

GE入社後のペトロフ氏は、GEソフトウェアに所属すると同時に、組織横断的な人事組織形態である CoE(Center of Excellence)におけるUXのジェネラル・マネジャーを歴任。そして、2013年には同社の CEO や CMO の信任を得て、CXO に昇格します。また、昨秋からは同社のデジタル化の統合組織である「GE Digital」の一員としても活動を開始。そこでの主な役割は、GE社のプラットフォーム事業(「インダストリアル・インターネット」の中核となるPredixプラットフォーム)におけるUX戦略の全般から、同社の新しいワークスタイルである「FastWorks」の推進役を通じた、GE全社に対するUXマインドの啓発までを担っています。

当初ペトロフ氏を含む4人としてスタートし、今や100人を超える規模となったUX組織の主な役割は、「Predix プラットフォーム」におけるUXフレームワークの策定と普及啓発、同社のUXメソッドやデザイン言語、デザインパターンなどの策定と普及啓発、「FastWorks」におけるファシリテーターとしての関与、社内ファシリテーターの養成などを担ってきています。

ペトロフ氏は、同社におけるUXの役割を次のように語っています。「UXは人々がどのようにして働くのかを理解する専門職のことです。すなわち、人々の状況や背景を理解し、彼らが何を成し遂げようとしているのかを知ることを行います。我々がユーザーに共感することができれば、ユーザーたちがより早くそれぞれの目的を果たせるよう、今までにない解決策を生み出すことに役立つのです」(ペトロフ氏)。

「インダストリアル・インターネット」の鍵を握るUX

このような展開を行う組織における企業環境には、どのような動きがあるのでしょうか? ペトロフ氏を CXO に重用した、同社会長兼 CEO のジェフ・イメルト氏は、「企業は10年から15年ごとに、それまで築いたものを破壊する覚悟で、ゼロからやり直す気持ちで企業文化を刷新していかねばらない」として、数々の革新的な取り組みを行ってきています。これまでのGEは、製造業や金融業を中核として、重電・航空・医療・エネルギー・家電などの世界最大のコングロマリット企業としての事業を繰り広げていました。そこへ、昨年までに白物家電の事業を売却し、金融業からも撤退する等のダイナミックな転換を図る中、製造業の中でもモノ作りだけではなく、データやソフトウェアの重要性が高まる機運を捉えて、同社を情報企業にするための取り組みを2010年代に着手し始めました。

その旗印となるコンセプトが「インダストリアル・インターネット」です。同社では、18世紀の「産業革命」、20世紀後半からの「インターネット革命」、そして、それらに続く「第3の革命」として「インダストリアル・インターネット」を位置付け、「ハードウェア(機械)とソフトウェア(情報)を融合する新しい産業革命の実現」を目指しています。その展開に際し、「産業機器(モノ)とビッグデータ(データ)を人間(ヒト)に結びつける、オープンでグローバルなネットワーク」とした上で、モノをインターネットに繋げることによって、「モノづくりと情報分析の融合」を進め、「インダストリアル・インターネットで、顧客へのサービス力を高めて、企業競争力につなげることができる」というのです。

そもそも、従来の製造業のビジネスモデルは、製品を作って売ることや、製品の販売後に保守やサプライなどのサービスを売ることにありました。それに対し、「インダストリアル・インターネット」では、製品・機械からのデータ解析と製品・機械に組み込まれたソフトウェアによって顧客価値を高めること自体を新しいビジネスモデルとしています。この「インダストリアル・インターネット」の核となる基本ソフトウェアが「Predix(プレディクス)」。「Predix」は、2011年に10億ドルを投資して設立されたGEソフトウェア(現 GE Digital)が開発した「機械(モノ)をネットワーク化するための基本システム」のことで、産業用OSとも呼ばれます。その他にも「Predix」上で膨大なデータを収集保管するデータベース「Data Lake(データレイク)」や、本OS上で動く業種向けアプリケーション(24種類以上)などによって構成されています。

その新しい事業創造の流れの中に「UX組織」の活動は位置付けられたのです。なかでも中心となった活動が、2012年に構築されたGEデザインシステムの「IIDx(インダストリアル・インターネット・デザイン・エクステンション)」でした。「IIDx は完全にコード化され、慎重にデザインされたUXのフレームワークであり、再利用可能なコンポーネントとリファレンスデザインを組み合わせたものを使うことによって、開発を加速化するのに役立ちます」(ペトロフ氏)。なお、ペトロフ氏自身が「インダストリアル・インターネット」の戦略においても重要な役割を担っていることは、今年3月に発表された「独インダストリー4.0と米インダストリアル・インターネット・コンソーシアムの合意協定」に、GEを代表してコメントを寄せている様子からも伺い知ることができます。

FastWorks における「顧客開発」の推進役である「UX組織」

さらに注目すべき同社の取り組みが、企業変革を推し進めるための「競争力革新ツール群」の中核をなす「ファストワークス(FastWorks)」です。「FastWorks」は、仕事のやり方そのものをスピードアップするための方法のことで、「シリコンバレーのスタートアップ企業」の方法として世界の注目を集めている「リーン・スタートアップ」の著者エリック・リース氏の監修と指導を得てGEが独自に開発しました。「FastWorks」は、将来の予測が不確実で複雑化する中で効果的にビジネスを推進し、経営や開発のスピードを高めることによって、顧客との距離を縮めるためのツール・手法であり、指針としても位置付けられています。

ここでの主眼は、スタートアップ企業のやり方を重厚長大の大企業(約30万人)であるGEに取り入れることにあります。特徴としては、「MVPs(Minimum Viable Products:実現可能な最小限の製品)」を迅速に開発し、顧客の声を反映して常に顧客と向き合いながら修正を繰り返す「顧客開発(Customer Development)」を行う点にあります。この「顧客開発」のステップは、以下の3ステップから構成されます。

  • Build(構築):顧客企業のニーズを理解し、製品化に必要な要件を棚卸しすること
  • Measure(測定):「MVPs」を開発した上で、顧客の意見を聞く活動を行うこと
  • Learn(学習):顧客からのフィードバックを迅速に開発に反映させながら改良が繰り返すこと

最終的には、この一連のプロセスを高速に何度も回すことになるのです。

「FastWorks」が同社に急速に浸透していることには、いくつかの理由があります。まず、「リーン・スタートアップ」とせずに「FastWorks」とした点をあげることができます。いわば、シリコンバレーの最新手法と、同社が従来から培ってきた「リーン」や「シックス・シグマ」といった手法を、自社オリジナルにカスタマイズしたということです。そして、同社の企業理念(クレド)の1つである「シンプリフィケーション」を実現する手段として、同手法を位置付けている点があります。すなわち、新しい手法であっても、企業文化の基底にまで立ち戻って再定義を行い、行動規範の中に自然な形で定着化している、ということができます。

そして、もう1つの重要な要因が「UX組織」の存在。UXの担当者たちは、同手法に積極的に関与することがそのミッションに据えられているのです。たとえば、ワークショップのファシリテーター役を担当したり、先の顧客開発において必須条件である「顧客起点・ユーザー起点」のシフトを奨励したり、顧客開発のステップの実務を担ったり、といったことを推進しています。また、社内のワークショップをファシリテートする役目の人たちを、そのUXの専門性から指導する役目も果たしているのです。

コラボレーションとクリエイティビティの聖地「GEデザインセンター」

そして、欠かすことのできない環境要因に、同社のUXにおける活動拠点があります。2014年春、同社の R&D の拠点であり、GE Software の活動拠点でもある米カリフォルニア州サン・ラモンに、12000平方フィートのデザインセンターがオープンしました。

そのエクスペリエンスデザインと開発には、ペトロフ氏を始めとした同社のデザイン&エクスペリエンス・スタジオのメンバーが協力しています。同センターは、西海岸のソフトウェア企業やインターネット企業のキャンパス型のオフィスや、デザインファームのオフィスにも引けをとらない、創造性に溢れた空間としてデザインされています。ペトロフ氏によると、その空間のデザインに際し、IDEO のメンバーからもアドバイスをもらったとのことです。

入り口を入って真っ先に目に入ってくるのが、スクリーンによって没入体験のできる空間です。ここでは、ユーザーが職場環境などで体験するシーンを、ワークショップ参加者などが直接、再体験できるように設計されています。たとえば、深海における掘削基地や病院の手術室、飛行機のコックピット環境といったワークプレースを再現することができるのです。

その他にも、数多くの小グループのための部屋やサイズなどが可変の応接型の会議室、広々とした「リビングスペース」、アドホックにセミナーが行える部屋など、機能横断型のチームが共同作業を行うことや、観察やインタビューなどユーザーと密接に関わることのできる空間としてデザインされています。「人々を日常の職場から連れ出し、すべてが可能となる、そういった不可能のない環境に置くことを目的としています。この構造化されていないようで構造化された環境の中で」(ペトロフ氏)。

次回は、私たちがUXを推進していく上で、GEのUX組織に学ぶべきポイントについて解説していきます。

参考