来日講演がせまるマーク・レティグ氏へのインタビュー

篠原 稔和
2016年5月17日

ソシオメディア UX戦略フォーラム 2016 Spring(2016年5月27日)では、2014 Spring に続いて、米 Fit Associates 社のマーク・レティグ氏とその同僚であるハナ・デュ・プレシ氏が来日講演を行います。またこの来日に合わせて、レティグ氏によるハンズオンセミナー「UXにおける組織的課題の解決方法 – UXリサーチの組織内影響力を高めるためのハンズオン」(2016年5月31日)も開催されます。そこでレティグ氏に、ここ数年間の活動における中心テーマやセミナー内容に関してお話しをうかがいました。

マークさんの過去数年間の活動において、その中心をなしているテーマについて、教えていただけますか?

2009年に、私は何か新しいことをしたいと思い始めました。
それまでデザイン、戦略、そして戦略とデザインの両方をサポートするために文化人類学のメソッドを使うことに長く携わってきました。その仕事は大好きでしたし、それなりの成果も出せていました。しかし、二つのことで私は悩んでいました。

一つは、最高のアイデアが顧客まで届かないことがあまりにも頻繁に起こる、という悩みでした。
こうなってしまうのには、さまざまな理由が考えられます。人々の生活をより良くし、社会にとって真の進歩を示すようなアイデアは、多くの場合、ビジネスリーダーには不快に思われることがあります。また、組織内の政治が、技術革新を生み出すために必要なクリエイティブなコラボレーションを妨げるのです。そして、多くの組織では、その事業の「通常」とは異なるアイデアを推進しようと思ったらかなりの勇気が必要なのです。つまり、私たちの組織の中でイノベーションの邪魔をしている最たるものは「組織の文化」である、ということに気づいたわけです。

それは私達に、「この人たちは、あの人たちとは話さない」や、「ここではそういうやり方をしない」や、「出る杭は打たれる」などと昔から繰り返し言わせてきた文化です。文化 ―― 私たちがコミュニケーションをとり、共同で何かをし、制作するその方法 ―― こそ、私たちの最大の課題なのですが、私たちは技術やマーケティング、エンジニアリング、デザイン、販売、または品質に対してと同じように、文化に注目することはなかったのです。私の経験では、ほとんどのマネジャーたちは他の部署との深い連携を模索したり新しい会議の仕方を試してみたりするより、新しいソフトウェアを使ってみたがる傾向にあります。

二つ目は、その「文化の問題」(コミュニケーションやコラボレーションにおいてイノベーションを避けるという問題)は、社会が直面しているのと同じ問題であることに気づいたのです。
私の住む町において、市議会において、大学、国家間で、企業の管理職と従業員との間で、私たちの家族の中でさえもこの問題が存在するのです。ですから、私はこれについてもっと学ぼうと決意しました。6年以上もかけて、私は多くの異なる分野からさまざまな材料を研究しました。すなわち、経営や文化の新しい思想、デザインマネジメントにおける新しいアイデア、演劇家や他の芸術家はどのようにお互いに協力するのか、コミュニティの組織化について、セラピストが患者の家族とどのように接するのか、紛争中の敵同士の間を取り持つ人物の働き、生活システムの理論と社会や組織への適用、などです。

こう悩んでいるときに、私は今の同僚ハンナ・デュ・プレシに出会いました。彼女は同じ疑問を持っている人でした。私たちは共にこういった多くの異なるアイデアを整理したり織り合わせたりして事業を立ち上げました。私たちのクライアントとは、彼らの技術革新だけでなく、イノベーションをどのように起こすかに焦点をあてて共に取り組んできました。UXやデザインにおいてだけではなく、人々が自由に新しいものを生み出し、そして作品が市場に到達するために備わっていなければならない条件について。私たちは企業以外にも、非営利団体や街の地域団体などとも仕事をしてきました。

このいきさつをお伝えしたところで、私の活動の中心的テーマが何であるか、回答しましょう。

共によりよく創り出すためのチームや組織を整備する
組織の中でおくる日々の多くの側面 ― キャリアの階層、生産性や成果に対する期待、失敗に対する恐れ、To-Do リストや時間に追われること、会議のみのコミュニケーション、電子メールや深夜の食事など ― は、クリエイティビティのための条件とは全く逆です。私たちは非創造的な渦の中にはまってしまい、それが多くの人を不幸にし、失敗したように感じさせているのです。私たちの経験では、組織のどの階層にいる人であっても、会ったり、話したり、共同で作業したり、コラボしたり、制作したりする新たな方法を試すとき、安堵と幸福感を味わいます。ですから私たちは、ビジネス界、アートスタジオ、そして遊び場の融合に大きな可能性を感じています。

チーム文化を他のプロセスと同様に管理しやすいものにする
私たちは、マーケティング、製造、販売、在庫、品質、および事業の他の運営上の事柄の管理方法はよく知っています。しかし、ほとんどの関係者や技術者たちは、チームのコミュニケーションやコラボレーションの管理となると充分な知識を持っていません。意見の相違や対立がある場合、多くの人はそれを避けようとするか、権力をもってそれを止めさせようとします。組織のさまざまな部分が一緒に作業する必要があるとき、多くの人は、それが確実にうまくいくようにする信頼できる方法を持っていません。

ですからハナと私は、そういったチームがコミュニケーションとコラボレーションの文化を彼らの日々の仕事の中で実用的なトピックとして取り組めるように手助けをしています。

ユーザーエクスペリエンスとデザイン思考の文化的なチャレンジ

多くの企業がデザインとUXを競争上の優位性と革新の重要な源として見るようになってきています。しかし、デザインやUXの開発に投資するにあたって、多くの企業が困難に遭遇します。すなわち、デザイナーを雇い、デザイングループを形成し、チームにUXの専門家を加えることによってスキルを付加することはできても、プロセスや文化の変化が伴わなければ、デザインとUXは成功しない ― 価値を提供しない ― からです。

我々は、大規模の組織においてデザイン文化を育成することの様々な課題を探求するため、大企業のUXリーダーにインタビューをしたり、企業のUX&デザインのリーダーたちのための2日間のワークショップなども開催したりしてきました。このことを探れるのは私にとってとても嬉しいことです。それは私のこれまでの活動と現在の関心が重なるところであり、戦略が、人々のコミュニケーションやコラボレーションや共同創作と出会うところだからです。

チームに「聞く・熟考する・創る」を教える
最後に述べたいのはこのことです。すなわち、クリエイティビティとイノベーションは、チーム外の人々との接触にかかっています。クリエイティブプロセス(古代と現代の両方)には、必ず3つのアクティビティがあります。聞いたり観察する、熟考する、そして創る、です。すべてのプロセスにおいてまずは自分と、そしてチームと、さらにチーム外との接触や会話を伴います。

しかしながらほとんどの企業は「聞いたり観察する」を「リサーチ」に集約してしまっています:データ収集、調査、フォーカスグループ、ソーシャルメディア。
「熟考」:これは、一歩下がって静かに検討するために時間を割くこと、私たちが観察したことを直感的な側面からも理解したりパターンを感知したりすることです。これが「分析」に代えられてしまっています:データ・クラスタリング、可視化、ダイアグラム、「専門家」どうしの意見交換など。
そして最後は「創る」ですが、これが「聞く」と「熟考」を反映するものとして行われることはあまりありません。また、それは材料や技術、および社会の可能性との真の会話とはなっていません。「創る」は残念ながら仕様に応じて一つのアイデアを実現するための、構築レースになってしまっているのです。陶芸家や画家がよく知っている「創る」ということをビジネスチームは見失ってしまっているのです。

もちろん、これらの活動は世界中で行われていて、業界内のいくつかのチームや専門家は実施しています。私たちは皆、クリエイティブプロセスの力を回復することができるのです。

一つの例としてジャレッド・スプールをご紹介しましょう。米国で非常に尊敬されている、経験豊富なUXの専門家です。User Interface Engineering という会社を経営しています。彼と同僚たちは、様々な企業の数十のUXチームを相手に仕事をしています。彼らはある研究を行いました:チームがユーザーと過ごす時間の量と結果の品質との相関性を探る研究です。少なくとも6週間ごとに顧客との時間をとったチームは、開始時と終了時のみに顧客と時間を過ごしたチームと比べ、予想通りの優れた品質を創りだしました。(スプールの記事参照:Fast Path to a Great UX: Increased Exposure Hours

これはクリエイティブプロセスの重要な部分である「聞いたり観察する」を示すほんの一例ですが、創造的な結果をもたらすことが期待されているどのチームのためにも、聞くことの大切さの証としてお分かり頂けるのではと思います。

今回、急遽開催することになった特別ハンズオンセミナー(2016年5月31日)の狙いについて、教えてください。

私たちは、私たちの仕事を遂行するために必要なスキルを向上させようと多くの時間を費やしています。そしてもちろん、仕事をすること自体に多くの時間を費やしています。しかし、私たちは誰も一人では最高の結果を生み出すことはできません。

私たちは、私たちの仕事の成果が世に出て行くために、組織の他の部分に依存しなければならないのです。私たちの仕事は、組織の他の部分との会話の一部なのです。

このセミナーでは:

  • あなたのチームと組織の他の部分とがより上手く会話できるようにする方法を学びます。
  • 顧客の話を聞くという機会をより多くの従業員に与えるための方法を学びます。
  • 会話を深める方法:単なる意見や視点の交換から、目的がはっきりとして、誠実で、クリエイティブな会話へとステップアップする方法を学びます。
  • 会話を変革するためのツールがぎっしりつまったポートフォリオを見ることができます。

ご紹介するメソッドは下記の通りです。

  • ワールドカフェ:一度に部屋全体の声を聴くことができる方法。グループ対話を進行するにあたってパワーダイナミクスを等しくし、恥ずかしがり屋の人/声の大きい人の問題に対処するのに役立ちます。また、一つの考え方が会話を支配することを不可能にします。結果は、部屋全体が考えていることのまとめです。
  • コレクティブ・ストーリー・ハーベスト:研究やデザインチームよりも大きいグループが、重要な情報提供者に耳を傾け、複数のレンズを通して同時に注目し、その後、意味を解明するための会話を通してひとつにまとめる方法。
  • 状況モデリング:多くの会話は、人々が自分の立場からしか話さないため上手く進みません。オープン/クリエイティブの逆と言えるような、議論モードの会話になってしまうのです。状況モデリングは、会話を深めるための系統立った方法です。

これらに加えて、下記があります。

  • 資料図書館:ワークショップ参加者は、さらなる資料を閲覧できるオンライン・ライブラリーにアクセスできます。ワークショップで使用するスライドや材料、自分のチームで試せるメソッドの手順や記入フォームの入ったPDFファイル、メソッドのリンク、および理論的な部分を説明する資料。

日本での開催(2016年5月31日)は、レティグ氏が米国で行っているワークショップの内容をコンパクトにまとめたサマリー版として特別にプログラムいたします。どうか皆さま、振るってご参加ください。

「UXにおける組織的課題の解決方法 – UXリサーチの組織内影響力を高めるためのハンズオン」
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