◯は正解か

川添 歩

2016年12月12日

クイズでの「Yes/No」、一覧表での「ある/なし」、試験での「正解/不正解」など、肯定と否定を表す記号として、「◯」(マル)と「╳」(バツ)がよく使われます。
ウェブのサービスでも、航空機やホテル、映画館などの予約システムで「空きあり(予約可能)」「空きなし(予約不可)」を示すのに◯や╳がよく使われています。


予約状況表示の例

◯も✕も形がシンプルなので様々な場面で利用しやすい記号です。しかしこれらの記号の意味するものは、日本社会の文化に強く依存していることに注意する必要があります。
私たちはこの記号にあまりに慣れているので、◯が肯定、✕が否定であるということが分からないとか、両者を取り違えることはありえないと感じますが、世界を見渡せば、これらの記号が肯定と否定に対応しているとは認識しない社会、人のほうが圧倒的なのです。

◯と✕の意味が認識されないというだけでなく、文化によってはこれらの記号に異なった意味を持たせている場合があり、そのような文化に属する人に対してこれらの記号を示すと、誤解される可能性があります。

特に注意しなければならないのは、まったく意味が逆転してとられる危険性があることです。
例えば試験解答への採点時に、日本では◯をつければ正解、╳がつけられれば不正解を表しますが、海外では「ここが間違い」という意味で◯がつけられたり、「これはオッケー」という意味で✕が付けられることもあるのです。

私自身の経験ですが、昔、「設定しているのに思ったようにいかない」という上司のPCの画面を見にいったら、ある設定をオフにするつもりでチェックボックスをオンにしていた、ということがありました。「だってバツつけたんだから No の意味だろう」と言うのを聞いてなるほどそのように解釈するのは当然だと思った覚えがあります。
かつての Mac や Windows では、チェックボックスの表現は ☑︎(正方形の中にチェックマーク)ではなく ☒(正方形の中にバツ)だったのです。


Mac OS 7.0.1 のチェックボックス


Windows 3.10 のチェックボックス

おそらく、文化によって「✕は否定」という誤解が生じるということから、チェックボックスの表現がバツではなく今のような形になったのだと思われます。

もうひとつ、意味の逆転の例をあげましょう。

ソニーのゲーム機、PlayStationのコントローラーには「◯ △ ☐ ✕」の記号のついた四つのボタンがあります。
この四つの記号は子どもでも手書きですぐに書け、また相互に区別がしやすいので、いっしょにして利用しやすい記号だと言えます。


PS4 のコントローラー – playstation.com

任天堂のファミリーコンピュータでは二つの「A B」というラベルを付けたボタンを主要コマンドボタンとしていました。それを受け継ぐスーパーファミコンはコマンドボタンが二つ増えて四つになりましたが、任天堂が「A B」に加えたのは「X Y」ボタンでした。子どもも遊ぶゲーム機のボタンとしては、シンプルな図形を付ける方がラテン文字で表すよりも良いように思われます。
後続のマイクロソフトのゲーム機 Xbox も任天堂と同じ「A B X Y」ラベルを採用しましたので、結果として「◯ △ ☐ ✕」の記号は PlayStation を象徴的に表現するアイデンティティともなっています。

しかし、前述したように、◯と✕は文化によって意味が逆転します。
そのためかソニーは、コントローラーの「◯」ボタンと「✕」ボタンについて、位置はそのままに、割り当てる機能を国によって逆転させているのです。

コントローラーのマニュアルを見ると、日本向けでは「◯」が決定で「✕」がキャンセルですが、英語圏向けでは「✕」が決定で「◯」がキャンセルになっています。
同じボタンにまったく逆の意味が与えられているというわけです。

ボタンは物理的にコントローラーに配置されているものです。斜めに配置されているので、押しやすさという点ではそれほど変わらないかもしれませんが、「決定」「キャンセル」というシステム全体の操作性に関わる基本的なインターフェースの配置が国によって異なってしまうというのは、インターナショナルな製品として好ましくないでしょう。
言ってみればソニーは、ボタンに印刷された記号を国によって変えたり、共通に使える記号に改めるのではなく、ソフトウェアによる設定変更だけで済むローカライズ方針をとったということでしょう。
(これらのボタンでは「◯」が赤、「✕」が青になっているのも混乱を招く可能性があります。)

また、記号はユーザーの属する社会によって、あるいは人によって意味がわからなかったり異なったりすることを考慮しなければなりません。
PlayStation のボタンの「△」は「視線のイメージで頭や方向の意味をもたせる」ということで決められたそうです(※)が、このような意味づけは日本社会においてもあまり一般的ではないでしょう。
「△」から私たちは◯と✕の中間的な意味を読み取ることが多いのではないでしょうか。
とはいえ、「△は◯と✕の中間」と読み取るのもやはり日本の文化に独特のものです。あるいは「◎」が「◯」の強調として利用されることもよくありますが、これも他の文化では通じません。

※『証言。「革命」はこうして始まった —— プレイステーション革命とゲームの革命児たち』(赤川良二著、エンターブレイン刊)

◯と✕に代わるもの

では、複数の文化に対応した肯定・否定の表現はどのようにすべきでしょうか。
アイコンという表現方法は、ユーザーが一見してその意味をとれることを前提としていますが、どのような形状でも確実に意味を伝えられるとは限らないので、アイコンにはラベルを付加するというのがユーザビリティの原則です。
しかし、◯と✕の意味が文化によって完全に逆転する場合があるとなると、◯と✕をアイコンとしてそれにラベルをつけることはかえって混乱を招き兼ねません。したがって、複数の文化で利用される共通のUIにこれらを使うことは適切ではありません。
考えられる方法は三つあります。

1) 社会や文化に応じて表現を変える

特定の社会や文化にユーザーが属していることが明確で、そのユーザーに応じてUIを切り替えられるシステムであることが前提となります。そして自動で切り替えることができ、また切り替えることがユーザーにとって自然であれば、これが最も良い方法でしょう。
日本文化に馴染んでいるユーザーのみが利用することがはっきりしているシステムでは、◯や✕という記号が、テキストや他の記号で示されるよりもはるかに判別や理解がしやすいという利点を放棄する必要はないのです。
具体的には、日本文化を対象にしたUIでは◯✕をアイコンとして使い、他の文化ではそこで誤解されることのない表現(記号または文字ラベル)を使うということになります。

2) できるだけ多くの社会や文化で理解される共通記号を使う

日本でこれほどスタンダードな◯✕が実は非常にローカルな記号であるように、多数の社会に共通の記号というのは意外にないものです。もともと世界共通の記号などないと言ってよいでしょう。したがって、現時点での理解の普及度が高いものがあれば、それを使うということになります。
肯定・否定を表す記号として、現時点である程度浸透してきていると思われるのは、チェックマーク(肯定)と✕(否定)でしょう。
様々なシステムやサービスで、Good/Bad、OK/Cancelなどの意味でチェックマークと✕が使われるのをよく見ます。
ただ、日本の社会ではまだ、ほとんどのユーザーが間違いなく理解できるというような状況にはなっていないでしょう。海外のアプリやサービスに慣れていないユーザーにチェックマークを単独で示した場合、それが肯定の意味であるととる人は少ないでしょう。これは、日本ではチェックマークが✕印と同じ意味で使われることがあるためです。試験の答案に不正解の意味でチェックをつけられた経験のある人も少なくないのではないでしょうか。
したがって、日本社会のユーザーも使うUIの中でチェック/✕を使うならば以下のように表現することが必要になるでしょう。

  • a. ラベルを付加する
  • b. 必ず二つを対にして並べて表現する
  • c. チェックは緑色、✕は赤色で表現する

もし a が難しい場合、b と c は必ず両方利用し、凡例を同じ画面内に示すことが望まれます。

3) テキストで表現する

2)の方法でもラベルをつけたほうが良いと示した通り、これが最も確実な方法です。
テキストで示すということは言語に依存するので、1)の方法の一つであるとも言えます。
ラベルだと、例えば空きを示す一覧表などで「どこに空きがあるか」をぱっと見て把握しづらいという問題はありますし、表示面積も必要になりますが、誤解を与える危険はありません。色をつけるなど付加的な表現で見やすさを補ってもよいでしょう。

記号やアイコンは「ぱっと見ただけですぐにわかる」ことを目的とする表現ですが、それが「すぐにわかる」のは、ほとんどの場合ユーザーが過去にその意味を学習しているからである、ということを忘れてはなりません。
ある表現が「あたりまえ」であるということは、それが著しく文化に依存していることを示すのです。