『実践デザインマネジメント – 創造的な組織デザインのためのツール・プロセス・プラクティス』の概要紹介

ソシオメディア
2019年11月26日

2019年10月25日(金)に、弊社が監修・翻訳を担当した新刊書籍『実践デザインマネジメント – 創造的な組織デザインのためのツール・プロセス・プラクティス』が出版されました。
本書は、イゴール・ハリシキヴィッチ(Igor Hawryszkiewycz)による “DESIGNING CREATIVE ORGANIZATIONS: Tools, Processes and Practice”(Emerald Group Pub Ltd, 2016)の全邦訳です。ここでは、デザインを活用したマネジメントを担う経営層、管理職向けの実践書で、創造性、イノベーション、ビジネスモデルの開発を組織化していくための方法(プロセスとツール)と実践例(プラクティス)について言及しています。
そこで、本記事では、本書の内容についてその背景等の解説を織り交ぜながら、ご紹介いたします。

実践デザインマネジメント – 創造的な組織デザインのためのツール・プロセス・プラクティス

書籍『実践デザインマネジメント – 創造的な組織デザインのためのツール・プロセス・プラクティス』
図表a. 『実践デザインマネジメント – 創造的な組織デザインのためのツール・プロセス・プラクティス』

著者のイゴール・ハリシキヴィッチ博士

イゴール・ハリシキヴィッチ博士は、オーストラリアのシドニー工科大学(University of Technology, Sydney)情報・システム・モデリング学部(School of Information, Systems and Modelling)のコンピューターサイエンス学科(Computer Sciences)で教授を務めています。当初の専門は、ビジネスシステムのためのデザインメソッドの開発でした。そこでは、データベースと情報システムをデザインするメソッドを開発した後、コミュニティ環境のコラボレーティブなシステムのデザインおよびチームのクリエイティビティを構築する方法の研究に従事してきました。
そして、現在のイゴール博士の研究テーマの中核は「デザイン思考」です。「デザイン思考」については、ビジネスにおけるデザイン思考の効用をまとめた書籍 “Design Thinking for Business: A Handbook for Design Thinking in Wicked Systems” (Vivid Publishing, 2013、未邦訳)[図表b.] などもあります。そのなかで特に注力しているのは、複雑な環境に置かれた学際的なチームのコラボレーションの際に「デザイン思考」を用いることで、組織のクリエイティビティを高めるための方法の研究です。この研究の一環として、大都市や災害管理、脆弱なコミュニティのサポートなど、複雑な環境にあるコミュニティにおいての革新的なサービス開発の際に、求められるクリエイティビティを奨励するためのデザインプロセスを研究・開発しており、その数多くの研究と実践の成果こそが、本書の誕生へとつながっています。そして、本書は上記のような数多くの重要な研究と実績を持つイゴール博士の初の邦訳書でもあるのです。

書籍『Design Thinking for Business: A Handbook for Design Thinking in Wicked Systems』
図表b. “Design Thinking for Business: A Handbook for Design Thinking in Wicked Systems” (Vivid Publishing, 2013)

1章と2章:デザインを取り巻く環境

まず、第1章「グローバルな環境がもたらす課題」では、昨今のグローバル環境の中で起こっている様々な複雑な状況や問題と、それらが情報システムのデザインにもたらす課題について紹介しています。現在の組織が持つ複雑性には、複雑な環境で機能するビジネスモデルを開発する必要があり、そのような状況を整理するメソッドとして「リッチピクチャー」[図表c.] を取り上げています。

食品を生産する組織の「リッチピクチャー」
図表c. 食品を生産する組織の「リッチピクチャー」(本書第1章 p12より)

第2章「技術からの価値の獲得」では、クラウド、ソーシャルメディア、ビッグデータ、IoT、モビリティといった隆盛する新技術と、それらがいかにしてビジネスプロセスに価値をもたらし得るかについて述べています。

3章〜5章:デザインプロセスの紹介と実践の場について

第3章〜5章では、デザインプロセスについての紹介と、それらが実際の現場でどのように使われているのかについて、具体例を用いながら紹介しています。

第3章「デザインのプロセス」では、第1章で説明した、現代の既存のビジネスモデルが破壊されるような絶え間ない変化がおこる環境と呼応して、過去のソリューションや分析的なメソッドではなく、新しい可能性を描くことの必要性を説いています。分析的なメソッドとデザイン思考の違いを取り上げ、デザインプロセスの概要について、具体的なメソッドを交えながら紹介しています。

第4章「実践の場で行われていること」では、事業体が体系的なデザインのプロセスをどのように取り入れて、新しいビジネスモデルの形成に役立てているかを説明しています。更に、デザインが個々の組織だけでなく、組織間の関係にも使われる現状についても取り上げ、システム思考とデザイン思考の合体についても紹介しています。

第5章「デザインプロセスの管理」では、「イノベーション・バリューチェン」[図表d.] というフレームワークを用いながら、クリエイティブなデザインチームに必要なスキルを統合し、課題に素早く対応し、ソリューションをもたらす方法について述べています。また、デザインチームの管理についても触れ、どのようにチームを構成すればクリエイティビティを引き出せるかについても解説しています。

イノベーション・バリューチェーン
図表d. イノベーション・バリューチェーン(本書第5章 p84より)

6章〜10章:複雑な環境で生じる課題に対応するための「アイデアの考案からソリューション」へ発展するツール・プロセス・プラクティス

第6章〜10章では、複雑な環境で生じる課題に対応するための明確な方法、対応すべき問題の定義、ソリューションの開発までの包括的なツール・プロセス・プラクティスを詳細に解説しています。

第6章「ステークホルダーに向けた共感の醸成と価値観の理解促進」では、複雑な環境にある複雑な関係を理解することがなぜ重要なのか、そのために何が必要かについて考察しています。様々なステークホルダーの価値観を知ることは、その後のプロセスにおいて大変重要です。ここでは「ペルソナ共感マップ」[図表e.] や「ストーリーボード」などが紹介されています。

顧客のペルソナ共感マップ
図表e. 顧客のペルソナ共感マップ(本書第6章 p103より)

第7章「テーマの特定」では、集めた情報をどのように使用して重要な課題を特定するかを取り上げています。収集した様々なストーリーを要約してテーマにまとめ、主な懸念の領域を特定する方法を紹介しています。

第8章「テーマ課題の特定」では、個々のテーマに見られる重要な課題を特定する方法を紹介しています。これは主にブレインストーミングを行って、探究的な問いかけをすることで達成します。ここでは、懸念を理解するだけでなく、ソリューションを導くためのなぜ、どの課題に対応する必要があるかを理解します。そのためのメソッドとして「複雑性」と「順応性」という2つのフレームワークを紹介しています。

第9章「革新的なソリューションの開発」では、課題に対応するためにすべきことを取り上げています。ここでの焦点は、共同でバリュープロポジション[提供価値:顧客のニーズに対し、他社が提供できず自社に提供可能なものを明確化したもの]を開発して、行わなければならないことを正確に定義することです。

第10章「ビジネスモデルの創造」では、提案したソリューションがどのように機能するかを、まずは概念モデルとして示し、次にビジネスモデルの「基本ブロック」を用いて、ビジネスモデルへと変えていく方法を解説しています。

11章〜12章:デザイン組織のマネジメントとプレゼンテーション

第11章「クリエイティブな組織の管理」では、このような高いクリエイティビティが求められる組織をいかに構築し、マネジメントしていくべきかについて紹介しています。デザイン文化の醸成や、デザインプロセスの管理、能力開発など、事業体全領域に渡って求められる様々な要件を整理しています。

第12章「提案と事業計画の策定」では、アイデアの最終的なプレゼンテーションをどのように魅力的に行うべきか、口頭のプレゼンと事業計画の両方の形式について説明しています。

「デザインマネジメントシリーズ」における本書の位置付け

さて、本書は「デザインマネジメントシリーズ」としては第2弾の位置付けにあります。この「デザインマネジメントシリーズ」では、本書に続く第3弾までの3冊を「ファンダメンタル・トリロジー(基礎三部作)」と称して、「デザインマネジメント」にかかわる世界の大学教科書を取り上げていくことを計画しています。その基礎を構成する三部作のうちの第2弾にあたる本書は、「実践編」としての観点からデザインマネジメントの「メソッド(方法)」に照準を当てることにしました。

そもそも「デザインマネジメント」を含むマネジメント領域における取り組みや実践は、その発展や進化が日々激しい競争が繰り広げられるビジネスの世界での事象ということもあって、教育のための教科書にまとめることが難しいテーマであるといえるでしょう。実際に様々な技術変化を伴う市場で活動を繰り広げられるインターネット・プラットフォーマーやデジタルトランスフォーメーションのプラットフォーマーたちの組織展開やマネジメント・アプローチの激変について、その活動の実態をビジネスにかかわる実務書や研究レポートで確認することができたとしても、なかなか教科書としてまとまるまでは至っていません。

こういった背景にあって、シリーズ第1弾の『デザインマネジメント原論 – デザイン経営のための実践ハンドブック』(原書タイトル: “Design Management – the Essential Handbook”)のイギリスや本書のオーストラリアの研究者たちの間では、この激変するビジネス領域のテーマを研究領域のなかにしっかりとおさめて、体系的に基礎を学ぶことができていることが分かりました。そのうえで、世の中に向けて数多くの実践者を輩出するといった好循環も成立しているのです。

そこで、本書では「デザインマネジメント」のなかでも、様々な問題に対する取り組み方に当たる「メソッド(方法)」を研究分野としてとらえ、その進め方を体系化することに焦点を当てています。日本語版の副題であり、原書のタイトルでもある「ツール、プロセス、プラクティス」は、まさにその取り組みの「メソッド(ツールとプロセス)」と「実践例(プラクティス)」です。

ただし、大学で教えるテキストといった制約から、実践例においては世界の最先端でのケースや企業の事例などではなく、一般的なトピックスが多くなっています。そのことから、本書ではメソッドの基礎を固めることに注力し、本書を基盤に置きながら、ビジネスや行政の領域での実践に際してのプロセスやツールに応用することや、様々なケースを分析していく際の参照枠として活用されることをお勧めいたします。